★ クレイジー・ティーチャー ★
クリエイター西(wfrd4929)
管理番号172-5497 オファー日2008-11-27(木) 21:52
オファーPC クレイジー・ティーチャー(cynp6783) ムービースター 男 27歳 殺人鬼理科教師
<ノベル>

 クレイジー・ティーチャーは、日常を愛していた。
 生徒を愛し、綺羅星学園を愛し、そこで生活し、関わるもの全てを大切に思っていた。なぜ、このような感情を抱くようになったのか。真面目に考えれば、いくらかの疑問も出てきたはずである。
「さァ、次のページを開いて。エート、実験は、この部分の例を参考にするんだケド……」
 が、当人にとっては、今が全てだった。生徒の注目を受けて、授業を行う。知識を自分の中に留めるのではなく、他者に伝え、その内容を実践する。職業としての教師は、とても楽しい物であった。
 当たり前といえば、当たり前の行為なのだが……ムービースターである彼にとって、この一緒に知識を深め合う行為は、ひどく刺激的であったらしい。

――いいものだネ。生徒の笑顔が、こんなに輝かしく見えるンだかラ。

 現在の環境を守るためならば、何でも出来そうな気がする。そして、クレイジー・ティーチャーは今日も授業を終え、愛しい生徒たちを送り出した。
 そうして、今日の業務も終了。夕暮れの校舎で、彼は一人、教室にたたずむ。この後、HRが過ぎれば、皆々が部活動に励み出す頃合だ。

――さ、てと。ここから先は、自由時間みたいなモノだし。適当にやっておくカナ?

 本当は、やっておくべき雑務があるのだが、彼はそれをうっちゃって、やりたい事をやり始める。課題の採点や、テストの作成、他の教師への連絡もあるのだが――差し迫ったことではないと判断。この辺り、彼の脳味噌も結構腐っている。クレイジー・ティーチャーが優先するのは、生徒との関わり、それに直結することだけだった。
「次の授業の範囲は、ココから、ココまで。去年の子たちには、どんな教え方をしたんだっけ?」
 クレイジー・ティーチャーは、予習復習に余念が無い。死んでから学習と言うのも、奇妙なものであるが……当人は、真剣である。
 もっと効率的に、もっと楽しく、少しでも生徒の身になる教育を――と。彼は、実用性と享楽性を兼ね備えた授業の為、日々精進していた。
「コッチは、昨日似たような事をやったなぁ……。反応も、イマイチだった。その前のアレはかなり受けたけど、中身が薄かったシ……ううん。難シイね」
 密かに、リハーサルもやってみる。この試行錯誤する時間も、彼にとっては重要だった。明日の授業は、もっと刺激的になる。それを確信できた辺りで、彼はようやくその手を休めた。

――ミンナ、楽しんで、くれるかナァ……。

 結局の所、クレイジー・ティーチャーの感性は、ここに執着する。あらゆる意味で、彼は生徒たちを愛していた。また彼も、愛されることを好んだ。学園の名物教師として、この場にあることが、なによりも嬉しい。それ以前の自分が、どのように生きてきたのか。それさえも、忘れかけるほどに……。


 異変に気付いたのは、作業がひと段落して、すぐのことだった。
「アレ?」
 夕暮れの火灯りに照らされた教室で、クレイジー・ティーチャーはひどい既視感に襲われる。続いて、胸騒ぎと言うべきか、虫の知らせと言うべきか……ともかく、根拠のない不安感が、彼を襲った。
「あれ……? この、感じ。ドコカで……?」
 夕日が差し込む校舎に、悲鳴が響く。彼はそこで、思案を中断した。大切な生徒が、危機に晒されている。クレイジー・ティーチャーの価値観では、これを守りに行くことが、何よりも優先するのだ。
「今、行くヨォォォォ――ッ!」
 人体の筋力、それを限界まで引き出し、彼は駆けた。入り組んだ構造の校舎内では、かなり速度が制限されるが……無理を通してこその、クレイジー・ティーチャー。引き続き、聴覚を総動員して人の気配を探り、悲鳴をあげた生徒を探る。

――ミツケタ!

 そして、彼は廊下の角から這い出てくる、一人の女生徒を発見する。腰が抜けたのか、立ち上がる様子が無い。
 ただ確実なのは、何らかの脅威にさらされ、助けを必要としていること。クレイジー・ティーチャーが動く理由は、それだけで充分だった。
「助けに来たヨ? もう安心して――」
「ひぃぃ――あ……」
 女生徒は、クレイジー・ティーチャーの姿を一目見ただけで、か細い悲鳴をあげ、気絶した。まるで、彼そのものが、脅威であるかのように。
 もし彼が、普通の精神状態であったならば、これを怪訝に思ったことだろう。しかし、今クレイジー・ティーチャーが注意を払うべきなのは、手の届く位置にいる女生徒ではなく――。彼女に地べたを這いずらせた、新たなるヴィランズに他ならぬ。
「ドイツだい? ボクの可愛い生徒をいじめてくれたのは……」
 廊下の角を曲がり、その相手の顔を見てくれよう、とクレイジー・ティーチャーは思った。そして彼が、相手を視界に収めたとき。その相手もまた、同じ姿で、同じ事を口にした。

「あれ? ナンデこんな所に、ボクがいるんだい?」
「アレ? なんでコンナ所に、ぼくガいるんだい?」

 まるで、鏡に対して、言ったかのように。
 それほどまでに、二人の姿と魂は、酷似していた。ここに今、クレイジー・ティーチャーが二人、存在しているのである……。


 状況からいって、この相手が生徒を脅かしたのは、間違いない。悲鳴の出所はここであり、あれが悪意の元凶なのであろう。
 これは、一種のムービーハザードなのだと、遅まきながら、『巻き込まれた方の』クレイジー・ティーチャーが気付く。
「ア……」
 向かい合って、言葉を交わして、初めてわかる。自分だからこそ、自覚できる。
 アレは、己の可能性、そのものだった。クレイジー・ティーチャーに擬態した、何かではない。彼は、疑う余地さえないことを、ここで悟る。
「……マイッタな。キミは、ボクなんだね」
「ソウダね。きみも、ぼくなんだ。――オカシイね?」
 可笑しいから、二人は笑った。
 笑って、哂って、ワラって……。
 ひと段落した頃には、騒ぎを聞きつけてか、数人の生徒と教師が、この場に出向いて来ていた。そして駆けつけると同時に、場の異様さに呑まれ、絶句する。
「来ちゃダメだヨ? ……コイツは、この場に居る全員を、狩りつくすツモリなんだ」
 クレイジー・ティーチャーの警告を、誰も疑わなかった。姿こそ同じだが、どこか異質な雰囲気を、その一人に感じていたから。
「ミンナ、そんなに遠巻きにして、どうしたんだい? 怖くないから、コッチに来てよ……。今なら、ちょっと撫でるだけで、済むと思うんダ」
 顔の造形に服装、目に見える外見は、両者共にまったく同じ。
 しかし、にじみ出る狂気の量は、後者が勝っていた。
「ああ、そうか。ミンナ、さっきの悲鳴を気にしてるんダネ? ……なんてことは、ナイヨ。爪を切りすぎて、深爪になったって言うもんだからネ? 試して、みたんだ」
 先ほど、必死にこの男から逃げていた女生徒は、すでに他の生徒が介抱にあたっている。
 だが、彼女はこの言葉に反応し、再び恐慌に陥った。それを見て、『生徒想いの』クレイジー・ティチャーは、徐々に己の内に溜まる、憎悪の精神を自覚する。
「爪を剥がしたら、深爪で悩むこともない。それはいい考えだ、ソウシヨウ。……というコトで、一つ試しに剥いだんだけど、それでソノ子、すっかり怯えちゃって……」
 狂気に満ちた方の、クレイジー・ティーチャーは、なおも多弁であった。
 黙々と殺人に興じるだけの、手合いではない。それがまた違和感を演出し、この彼の正体に疑問を投げかける。
「悪い事をシタかな? 何か、今は随分と……大人しい気分なんダ。だから、優しくシテあげようと思ったんだけど……逆効果だったかナ」
 狂気の度合いでは、どちらも大差はない。二人の違いは、方向性のみと言って良かろう。
「大人しくテ、優シイ? ソレは、ボクにこそ当てはまる言葉で、キミには相応しくないな。――自覚が足りないンじゃナイ? 殺人鬼のサァ!」
 仕掛けたのは、生徒を庇っている側の、クレイジー・ティーチャーだった。おもむろに金槌を取り出して、殴りかかる。
 相手はそれを防ぐそぶりさえ見せず、まともに喰らった。脳天を直撃した金槌は、皮と骨を砕き、脳漿を押しつぶす。
 肉の弾ける音が響いて――それをきっかけとして、成り行きを見守っていた生徒達は、この場から退散した。ともかく、尋常の事態ではない。避難する必要性を、本能で感じ取ったのだろう。皆一目散に、校舎から出て行った。
「……アはは、悪いネ。起きたばっかりダカラ、ちょっと寝惚ケてるのカモね!」
 頭にキツイ目覚ましを受けた、クレイジー・ティーチャーは、爽快な笑顔を浮かべる。
 彼は倒れていなかった。渾身の一撃を受けながら、まるで変わった様子を見せない。その化物らしさもまた、クレイジー・ティーチャーそのものであったと言えよう。
「――でも、モウ大丈夫。ちゃんと、目は覚めたカラ……ねェッ!」
 受けた分の痛みを、そのまま返すように――彼は、クレイジー・ティーチャーとまったく同じ動作で金槌を振り上げ、打ち下ろした。
「ヒッハハハハァ……」
「ケヒッ、ケェケケケェ――」
 頭を砕く快音に、クレイジー・ティーチャーは笑う。打った者も、打たれた方も、何が愉快なのか、わからなくとも。それでも二人は、笑いあった。
「キ、ヒッ!」
「ハァッ!」
 そして、ロケーション・エリアを展開したのも、同時であった。綺羅星学園が、彼らの風景に、塗りつぶされてゆく。
 こうして、舞台は用意された。廃校と化した、夜の校舎内でぶつかり合う……二人のムービースター。出身は同じでも、価値観の違う彼らは、ここで巡り合い、殺しあうのだ。勝つのは、いずれか。残るのは、何者か。それを判断するものさえ、この場には、いないというのに――。



 飛び散る血液も、肉片も、それが同一人物から出た物であるなら――誰が、区別を付けられようか。
「ギギギ」
 片方は、口から血の泡を吹き出し、握った金槌を振り回した。頭から、肩を、胴を、あるいは足を。鈍器で生身を打ち据える音が響き、液体が飛び散る音を漏らす。
「キッ、キッ、キヒィ……」
 そして腕力に任せて胸を殴りつけ、拳を肉体にめり込ませた。しかし、やられてばかりでは終わらぬ、とばかりに、もう一人の方が、ここで反撃を試みる。
「あ……?」
 めり込んだ拳、その腕をねじりあげ、強引に相手の身体を引き込む。そして、腕力任せて引き倒し、床に打ち据える。ここから、なおも互いにもみあって――最終的に、体勢は逆転した。
「ヤメなよ。痛いジャないか」
 金槌で破壊された傷をそのままに、彼は相手の身体に乗っかっていた。両腕を押さえつけているから、自由が利くのは頭のみ。
 これでは、立ち位置がそのまま優劣に影響する。クレイジー・ティーチャーは、迷うことなく、己の頭を相手の顔に打ち付けた。
「ぶ、は――ブッ、ぐ。が、ぁは――い、ぎ」
 二度、三度とぶつけていくうちに、顔が変形していく様を、彼は満足に見届けていた。自然と表情も緩み、暴行の速度は加速する。……だが、やはり一方的な展開で終わらない。
「うぎ――ぃァッ!」
「はぐ……」
 腕の拘束を振り切って、彼はクレイジー・ティーチャーの喉笛に噛み付いた。
 歯は肉に食い込み、骨をきしませる。顎で思い切り噛み締めて、吹き出る血を味わった。死肉の味は、どこまでいっても、所詮死肉。また味を見る方も、舌は死んでいた。
「……マズイ、って言ったら、不謹慎かナ?」
 ついには喉を齧りとって、クレイジー・ティーチャーは、圧し掛かっていた彼を蹴飛ばした。口に入ったモノは飲み込んで、すでに機能せぬ臓腑に放り込む。
 密着した状態から、距離を離したのだ。この機を活かして、体勢を整える。追撃の余裕はない。相手もそれは同じらしく、抉られた首をさすりながら、ゆっくりと立ち上がった。
「オイシイって言うよりは、マシなんじゃない? ほら、ボクって普通の教師でショ? 肉がソレ用になっていないもの。それに」
「自分のお肉がおいしい、なんて。まるでナルシストみたいだもんね。……ああ、やっぱり。ぼく達って、同じものなんダ。考え方まで、ほら、一緒――」
 ここで一旦、仕切り直す。お互いに、肉体的損傷を感じさせぬ、口調であった。彼らはこんな時にも淀みなく、相手と会話に興じられる。
 その程度には、非常識でありえたのだ。肉体だけではなく、精神までも、狂気に満ちている。共通点といえば、これほどの共通点は、なかったと言えるだろう。
「デモ――ボクは、お前が、気に食わない。食べられるのも、反吐が出ソウなほどに、気に入らない」
「ソウ……ぼくは、お前が、気に食わない。食べたところで、血肉にするのも嫌なホド、気に入らない」
 今度の得物は、金槌ではなく、チェーンソー。派手な機械音が鳴り、荒い息づかいさえ、かき消されてしまいそうなほどだった。
 一足飛びに飛び付けば、一瞬で詰められそうな間合い。躊躇わずに突っ込んだのは、果たしてどちらが先であったか。ほぼ同時期に二人は空を駆け、その得物を一薙ぎする。
 空中で擦れ合うチェーンソー、腕力も同等。ならば先手を打てた方が、勢いの差で上回る。傷付きまくったチェーンが、片方の服を破り、表皮を削った。
「ダぁメ、だなぁ――ッ! 刃物の使い方くらい、出来てないと――」
 そのまま詰め、押し切り、チェーンソーが悲鳴をあげようとも構わず、振り回した。反動で操作を誤り、太ももを大きく削いでしまったが、彼はキニシナイ。自分がどれだけ傷付こうとも、それに勝る損害を与えようと、躍起になる。
「ソレこそ、殺人鬼の自覚ってモノが、疑われるじゃない! ――ネェ?」
 上半身に向けて、大きく薙ぐ。チェーンはほとんど機能しないくらいにズタズタだったが、人の肌を擦り切る程度の力はあった。
 頬から鼻まで、見事に皮が剥がれる。痕には血がにじんで、人相がひどく変容していた。これにも飽き足らず、彼はさらに追撃の構えを見せたが――。
「ソレは……そっちの、ことダ、ネ!」
 もう一度打ち合わせると、攻勢に乗っていた方のチェーンソーが、その役割を果たせなくなる。無茶な扱いに愛想を尽かしたのか、チェーンが半ばから外れて、機械が空回りする。
 もはや、このチェーンソーは扱えない。……一瞥して、彼はそれを相手に向かって放り投げた。武装に飽きたクレイジー・ティーチャーは、再び肉弾戦を挑む。しかし。
「チェーンソーは、こう使うものダヨ!」
 当然、彼は怯まない。クレイジー・ティーチャーは、ギリギリのところでチェーンソーの機能を保たせ、ここで活かした。
 突撃した敵に対し、無造作にチェーンソーを突き出す。それで、充分だった。突っ込んできた相手の体勢は、前のめり。体重が乗った上半身を、チェーンが生のままに蹂躙する。やがて機械はその息を止めたが、充分すぎる損傷を、クレイジー・ティーチャーに与えていた。
「臓器をこそげ落としたら、少しは軽くなるカナ? ……まあ、どうでもいいケド。武器の使いどころは、これで理解してくれたかい?」
「ゲッ。ご教授アリガトウ。吐き気がするヨ。……ソウダ。口が利けるうちに、一つ答えて欲しいンだケド……」
 ボタボタと流れ落ちる血潮。鉄の臭いに紛れて、臓器の臭気が、鼻に付く。何か血とは別のものも、廊下に垂れ流していたが――。
 二人は、ソレを確認しようともせず、問答を行う。これこそが、もっとも重要な作業であるかのように。
「彼らと、彼女らと居るのは、楽しいかい?」
「楽しいよ、みんな授業を楽しんでくれるからね」
 即答であった。これには相手も笑って、納得する。
「ソウカ。……そうだね。ああ、すごく。凄く、素敵だよ」
 うっとりと、その情景を想像でもしているのか、恍惚とした表情を浮かべる。気味が悪いほど、彼は殺すべき生徒に慕われ、思いやり、接し合う光景を、快く夢見ていた。
「ハハ、いいな、それ。凄く良いや。チョットだけ、羨ましいか、ナァ――」
 愉快そうに、体全体で楽しみの感情を表す。その様に、何を感じたのか。今度はもう一方が、相手に疑問を投げかけた。
「彼らを殺すのは、楽しそうかい?」
「きっと楽しいさ、みんなとても怖がるから」
 これまた、直ちに答えた。クレイジー・ティーチャーは、共感したように、笑って納得する。
「フフフッ、なるほど、凄く素敵だ。ソレは、イイかも、しれないネェ――!」
 問いは正反対でも、反応は瓜二つ。まったく酷似した態度で、クレイジー・ティーチャーは敵の意見を肯定した。もはや、どちらが、どちらであるのか。後一度交錯すれば、区別を付けられぬであろう。
「あ……」
「ん……」
 青い生命の輝きが、ふいに二人の目に入る。
 周囲を飛び回る人魂の数が、増えているような気がした。本当は増えたと思う方が錯覚で、全体数は変わっていないのかもしれぬ。
 クレイジー・チィーチャーが二人いれば、周りを飛び交う生徒の魂も、単純に二倍になる計算。しかし彼らは、もう総数を把握できるような知性さえ吹き飛んでおり、判断が付かないでいた。

――アア、みんな。楽しんで、くれているのかい……?

 魂達は、夜の廃校に青白い軌跡を残しながら……彼らを応援するように、激しく動いていた。言葉なく、ただ行動で表すしかない、生徒の想い。それらをクレイジー・ティーチャーは、受け止めねばならない。殺したいほど憎くて、存在自体が許せないほど、そっくりで。……そんな相手に、生徒を取られているという事実が、とてもとても悲しくて。
「もう殺すヨ?」
「覚悟はイイかい?」
 早くコレを抹消して、生徒たちを奪い返したくなった。彼らは、自分にこそ、相応しい。目の前の同一存在から、大事な物を勝ち取りたい……と。
 この場でようやく、決着を急ぐ理由が、クレイジー・ティーチャーに出来たのである。役立たずになったチェーンソーを捨て、他の武器さえ持ち出さず……彼は、己の拳で、ケリをつけることを選んだ。
 直に、手を下すこと。それがせめてもの、相手への敬意だったのかもしれない。
 延々と続くのではないかと思われた、この戦い。だが、結末はもう、すぐそこまでに迫っている。
「ウヒャァァァ――ッ!」
「キィヤァァぁ――ッ!」
 ロケーション・エリア。これが解かれるのが早いか、どちらかが消えるのが早いか。事態はもう、そこまで進んで来ていた――。


 仕切り直し、対峙。それから問答を済ませたとき、彼らの肉体は、いつのまにか修復されていた。
 理屈ではない。
 まったく別の理念。条理が、この場を支配している。
「まだ、死ねないのカァイ?」
 口をきいた後で、殴る。
「……もう、死んでるのにカァイ?」
 答えて、殴る。
「あの子たちを、カエセよ。ボクの、生徒……」
 拳の皮が破け、骨が露出。手の筋肉を晒しても、殴打。
「ボクの、生徒……? ソンナノ、いたの?」
 歯が欠けた。顎はヒビ入り。ずる剥けの顔でも、口止まず。お返しに、目を付いた。
「いた……? いた、じゃない。いる、ノ。あの青い光が、見えないのカイ?」
 眼孔から、白みが消えた。押しつぶされた眼球に、光は宿らぬ。だが彼は、正確に人魂を指し……注意をそらせて、一殴り。
「見えないヨ。キミに見えるのは……。いや、ボクが、見ているのは。――アレ、何なんだい?」
 即座に反撃。下からかき上げる様に、引っ掻いた。胸から、首元にかけて。損傷は広く浅いが、ついでに耳を掻き飛ばした。
「愛しているカラ、殺したイ? 殺したいカラ、愛シタい?」
「慕われているけれど、愛シタイ。姿態は慕い、死体です。残念デシタ。げらげらげら」
 同時に放った拳骨は、互いの口元を完全に破壊した。鼻下の骨は、砕かれる。体液がとめどなく溢れ、呼吸器官の機能を阻害。
 歯は根元から折れ、口内に突き刺さる。下顎はこの衝撃で外れるどころか、粉砕されて、もうまともに口を利くことさえ、出来なくなった。
「ァッ! ゴ!」
「ぅウふ! ハ!」
 掴んで、引き倒し。ひっくり返って、また裏返し。揉み合い、へし合い、転げまわった。

 殴った。
 蹴った。
 潰した。
 掻き。
 刺し。
 抉り。
 抜く。
 外して。
 挽いて。
 鞣しては。
 また殴って。

 ようやく、一人が、馬乗りになった。
「ひゅー、ひゅー、イ、ヒヒ、ひぅ――」
 穴の開いた肺腑からは、空気が漏れ出る。もう、どちらも、どちらか、わからない。彼らは、何も見ていなかったし、理解していなかった。
 ただ本能が、敵の気配を知らせ、これを打ち倒せと、そう囁くのだ。
「ハヒッ! フ、ふぃ、キィ、ァイ! は、はぁ、ヒッ――」
 一呼吸ごとに、拳を打ち下ろした。二度、三度、四度目、五度目、六を数えると、相手は動かなくなった。
「ふッ……ふヒッ! フ、ハッ」
 だが、彼はやめなかった。押し倒した身体をそのままに、クレイジー・ティーチャーはクレイジー・ティーチャーを壊し続ける。まだ、作業は終わらない。
「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、はァッ、ハッ、はッ、ハっ、ハ――」
 殴り、殴り、殴り、殴り。
 殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り殴り、殴殴殴殴殴殴殴殴殴、殴殴殴殴殴殴殴 殴殴殴殴殴 殴殴殴、殴り……殴り続けて。
「あぁ……アッハ!」
 結局、両の手が弾けるまで、続けた。その間に、ドコカで、写真の割れる音が、響いた――気がした。



 ロケーション・エリアが解かれた。それを確認すると、生徒と教師たちは、改めて校内に入り、クレイジー・ティーチャーを探した。
 対策課には連絡してあるので、これを待ってから動いた方が、安全ではあろう。しかし、それでも。あのクレイジー・ティーチャーが、負けるはずはない。きっと生き残って、笑顔を見せてくれる――と。彼らは、信じていた。
 だからあえて、彼らは来たのだ。起こったであろう死闘に目を瞑り、信頼する教師が無事であることを、確認する為に。
 結果から言えば、彼はすぐに見つかった。廊下を歩いているところで声を掛けると、いつものようなハイテンションで、手を振って応える。
「ヤァ、キミたちか! ボクは大丈夫だヨ。心配かけて、すまないねェ」
 『彼』が発見された時、生徒達は、喜んだ。歓声を上げて、これを迎える。
 クレイジー・ティーチャーは、外見も、精神も、何ら変わるところはなく……当然、生徒を害そうともしなかった。
「先生、どこも痛いところはない?」
「痛いも何も、ボクはもともとソンナの感じないよー? でも嬉しいな、心配してくれて」
 いつもどおりの、クレイジー・ティーチャーだった。だから誰も、疑問に思わない。傷跡も残っていなければ、血の臭いもなくなっている。
 不自然といえばその通りだが、この程度では驚くにあたらない。彼の存在自体が、そもそも非常識であったのだから。
「ソウ、もう心配要らないよ。アイツは、消えたから。ミンナを独り占めにしようとしたアイツは、いなくなったんダカラね?」
 戦いについては、こう語るのみで、詳細は語らなかった。明るい口調であったから、これもまた、簡単に流される。違和感を感じた者も、たいしたことではないと、そう思って。







「ああ、ソウだ、キミ。ちょっと深爪ぎみだよね? イケナイなぁ……」






 そういった、彼の目は。
 あの彼の視線と同じく、狂気の色が、透けて見えた――。

クリエイターコメント このたびは、リクエストを頂き、まことにありがとうございました。

 今回、なんとも(いい意味でか、悪い意味かは、筆者にもわからない)ひどい出来になりましたが、いかがでしょう? 現状での私の実力では、この程度が限界でした。
 お好みの、グロテスクさになっておりますでしょうか?
 後味の悪さは、いかがなものでしょう? タイトルとキャッチコピーに、微妙にリンクさせましたが、いささかクドかったかもしれません。

 何か、設定などで問題がありましたら、お気軽にご相談ください。
公開日時2008-12-10(水) 18:00
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